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頑張った! 山梨

公開日: : 大会

 甲府駅前、コンビニで買ったベーグルをかじっている。荷物はコンパクトにまとめようと努力したが、結局鞄いっぱいになってしまった。
 まもなく、県の担当者の方とも合流した。大柄な男性で、Nさんというのだけど、大会に関わった限り、大変熱心な方だ。この半年程、随分頼りにさせていただいた。
大会の参加者も見た感じかなり増えていたし。彼の頑張りは大きかったのではないか。
 ふと横に目をやると、思わずはっとなるような綺麗な少女が目の前にいた。
 しかもNさんにしっかり挨拶をしている。どうも彼女も選手らしいが、こんな娘はみた記憶がない。
 もう一人、今年の地方大会にも出場したSさんがいらしていた。この方はおそらく知的障害なのだが、たまにうわごとのように同じ言葉を繰り返す。それ以外はおとなしい人だ。だから支援員に迷惑をかけていない。
 他に身体障害の選手が二人来る予定だが、車いすの問題で時間をずらしてくるらしい。だから選手は三人で、付き添いが三人、計六人で出発した。
 特急の自由席をとったのは僕だけだったので、行きの電車は一人で座った。長野県は割と景色が山梨に似ているので、あまり他県に向かっている実感が沸かない。それでも県に近づくにつれ、山梨なんぞとは比べものにならないくらい立派な都市が君臨していた。まもなく到着した。
 駅には他県の出場者が点呼を取っていた。駅構内では大会ののぼりがかかげられ、いよいよ現地にたどり着いたのだ。
 全員で写真を撮る。一緒に写ったのが女性四人だったので少し間をあけていたが、なんだかちょっと寂しそうな写真になってしまった。
 ホテルに着くと、大分自由時間があった。持ってきた教本を照らし合わせ、本番のイメージを浮かべた。僕はドリームウィーバーが使える。それを武器にしていこう。
 二日目、開会式に参加した。僕は山梨県の旗手をつとめるため、裏口で他県の代表者と待機していた。その間あまりにやることがなかったので、他県の参加者に色々話しかけた。石川県の代表の人が闊達に話してくれたので、退屈しなかった。彼は三回連続出場しているとのことだ。石川県は選手が少ないので、車いすの彼が旗手をつとめることになったらしい。
 旗手の入場の合図と同時に、四十七県の代表たちが壇上に旗を渡しにいく。僕はただ渡すだけでは面白くないので、壇上で軽く左右に旗を振り回した。このくらいの茶目っ気はありだろう。
 君が代を歌い、ルール説明が終わると、開会式も終了とあいなった。
 大会のマスコットキャラと一緒に写真を撮ってもらったりもした。近くで見るとにやけてしまうくらい可愛い。彼の人気は大変なもので、多くの選手たちからラブコールを受けていた。
 そして試合会場に向かう。そこで僕はなんとしてでも会いたい人が居た。八年くらいの付き合いのあるメル友の親父さんがスタッフとして来ているというのだ。
 なんという偶然ですね、と彼は言っていた。会社名と名前を教えてもらったので、なんとか探し出そうと思った。
 自由時間に大会のブースを周り、係員に問い合わせると、笑顔でその人が出てきてくれた。笑いの皺が顔全体に寄っているような、見るからに優しそうな男性だった。
「君の名前は聞いてるよ! どこの机かもチェックしておきましたから」
「いや、本当に彼にはお世話になっています」
「とんでもない、こちらこそ」
 メル友の彼とは会ったことがないが、まさか親父さんと先にお会いできるとは思わなかった。正直これだけでも大会に来てよかった、と思えた。
 親父さんも前々から僕の話をたまに聞いていたらしい。彼に近しく思ってもらえていることが嬉しかった。今度遊びにきてよとまで言われた。今なら会えるのかもしれない。
 時間がきたので会場に向かった。二十人の選手たちが規定の机に座る。僕は持ってきた教本とCD-Rを鞄から出し、CD-Rをパソコンに入れて事前に作ってきた作品を保存した。
 ちゃんと問題なく動くかどうか気が気でなかったが、なんの問題もなかった。周りの選手の作品が気になった。なんだか他の選手が如何にもできそうな雰囲気を漂わせているのだ。
 どんな結果になっても良い。でもどうせだったらいい成績を残したい。だから明日は全力を尽くす。
 その後、少し時間があったので、善光寺に向かった。社長が観光にいってみてくださいと言っていたが、本当に行けるとは思っていなかったので、みやげ話になって得したなと思った。長野の善光寺は本当に大きくて、本堂の中の煌めきは感動物だった。写真に収められない価値があった。
 途中、商店街で長野名物おやきを食べた。おやきはしっかり焼いて作ると、油が皮のまわりにしたたり落ちるのだ。しかしそれが全然べとつかない。そして美味い。
 思わぬ観光まで楽しめて本当によかった。
 そして試合本番。
 僕の競技は午後からだったので、皆より少し遅く会場に入った。
 会場には各都道府県選手が作った作品が展示されていて、客が居ぬ間を見計らって全部見た。
 大阪府の選手の作った作品はデザインの次元が違っていた。おそらく彼が優勝するのではないかと思った。負けたと思った。
 それ以外の人には、技術的な物では負けているとは思わなかった。しかしデザイン面で大きく負けていた。他の人の作品はしっかり子供向けに作っていたのだ。それに比べて僕の作品はコミカルなイラストがあるものの、どこかクールにまとまってしまっている。この時点で大分不利だと思った。
 そして試合が始まった。いきなりわからない問題が出てきた。もう駄目だと天を仰いだところで閃きがあった。発想を逆転させるのだ。その通りにやったらしっかり動いた。問題は他言禁止らしいので詳細が言えなくて残念。
 その後は順調に問題を解いていった。大して難しい問題ではなかった。おそらく差は事前課題で出てくるのだろう。僕は不利だった。それでも期待だけはしてしまう。
 途中で考えすぎて頭がガンガン鳴り響いたが、それでも限界ぎりぎりのところで競技が終わった。これでやるべきことは、全て終わった。一つ思ったのは、半年という時間を賭けた勝負は楽しかったということだ。
 帰りのバスで茨城県代表の青年が僕に話しかけてきてくれた。歳を聞いてみたら十も下だった。後進は着々と育っているということか。色々とホームページの話をした。他の選手の生の声が聞けて、大変嬉しかった。
 その夜、ぐっすり眠れるかと思ったが、全然眠れなかった。もう何もできないとわかっているのに、賞の事ばかり考えていた。不利なのは明白なのに、もしかしてと思うと胸が昂ぶるのだ。
 どんな結果だっていいじゃないか。そう言い聞かせてもなかなか昂ぶりが収まらない。夜中になると何時の間に寝ていたが。
 朝ご飯は剛性に但馬牛の牛丼を食べた。このホテルの朝飯は美味い。もう行く機会がないのが残念なくらいだ。
 閉会式、スクリーン上に次々競技の結果発表が映されていった。
 ホームページ職種は……駄目だった。名前がない。その瞬間重荷が嘘のように消えて楽になった。半年頑張った程度で取れてしまっては申し訳ないのだ。これだよかったのだ。
 昨日話しかけてくれた茨城の青年が一緒に講評を聞きにいきましょうと誘ってくれた。大分並んでいたが、しばらくすると入ることができた。どんな酷評が出されるかびくびくしていた。
 審査員二人から講評を聞く。本当に惜しかった。ちょっとの差で賞に届かなかった。銅の次の次くらいまで行っています。と言われた。やはり子供向けのデザインじゃなかったこともマイナス点だったらしい。これは判断ミスと言うよりも、僕のデザインにおける経験不足で、融通が利かなかったことが原因だろう。だから必然なのだ。
 課題はデザイン。来年こそ賞を狙いたいものである。
 その後は表彰式。地元のバンドや歌手が歌を披露した。大会マスコットも一緒に踊っていた。そして閉会式も終わった。
 帰りの電車では付き添いのNさんと色々と大会についての話をした。気持ちは来年に行っている。目標があると勉強していて気分が上向いてくる。話すだけ話すと疲れからか座イスを倒しウトウトとした。そして山梨に帰ってきた。
 明日仕事だから、余韻に浸る暇もあまりない。会社にメダルを持ちかえれなかったのも残念だ。でも僕にはまだ先がある。次の一年をどう過ごすかで色々変わってくるのだろう。
 そういうわけで無事全て終わりました。御支援くださった皆様、ありがとうございました。

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