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自作小説「夜を照らす魂」原稿用紙16枚分

公開日: : 小説

 尾鳥先生が男と居酒屋に入っていった。かれこれ一時間、ずっと尾行している。ここは駅前の商店街だ。今にも飛び出して男を蹴り倒してやりたいが、横から肩を掴まれた。
「宇美川、あんたみっともないよ」
 クラスメイトの倉木美幸が口をキッと結び、俺を制止する。程よく大きい瞳のせいか、あまりきつい表情にはみえない。
「なんといわれようが構わん」
 俺は倉木の手を掴み二人を追う。
「ちょっと、なんであたしまで」
「お前が居なきゃ俺はただのストーカーなんだ」
「そうじゃなくてもストーカーだと思うけどなあ」
 そういいつつも、人づきあいの良い倉木はちゃんとついてきてくれる。ありがたいことだ。
 尾鳥先生と男は奥の席に向かいあって座った。俺と倉木は三つ離れた席に陣取り、飲み物を頼んだ。
「あの野郎、最初みた時から怪しいと思ってたんだ」
 男は井田悟という。前に一度、学園祭を取材にきたライターである。スーツ姿にジャケットを羽織った出で立ちはライターらしいといえなくもない。顔立ちは整っているが、鼻が低いせいもあって、かっこいいとは思わなかった。
 イベントが終わり、そのまま他人になるはずだった。しかし、こともあろうに尾鳥先生をデートに誘いやがったのだ。
「ちょっと大人げないよ。宇美川が尾鳥先生のこと好きなのは知ってるけどさ」
「好きなんじゃない、心配してるんだ」
 そうさ。間違ってもくっつきたいなんて思っていない。もっとも、倉木は言葉の裏をとるのだろうが。
「でもさあ、デートっていうけど、初デートに居酒屋はないんじゃない?」
「まったくだ。品性のかけらもないゲス野郎が」
「品性がないっていうより、浮き世離れしてるよね」
「表情も暗いしな、みてるだけでうんざりする」
「そうそう常に目線が下、きっと虐められてきたんだろうな」
 俺たちが井田悟のことをボロカスにいっている間、尾鳥先生が華奢な両手で中ジョッキを掴んでいた。小さな口でちびちび舐めていたと思うと、途中で勢いがかわり、一気に半分まで飲んでしまった。
「尾鳥先生結構いけるくちだね」
「うむ」
 にわかには信じられなかった。小柄で病弱な尾鳥先生があんな酒豪だとは。
「やばくない? たとえばさ、酔った勢いでホテルとか行っちゃったら」
「それだけは駄目だ!」
 思わず立ち上がった。周りの席の客が不審そうに目を向けてくる。俺は睨む倉木に頭を下げ席に座った。
「それにしても、飲むね。尾鳥先生」
 ジョッキは早くも二杯目を頼んでいる。遠目からも尾鳥先生の顔が赤くなっているようにみえた。いったいどこまで飲むつもりなのか。
 二杯目を飲み干すと、尾鳥先生はまた店員に何かを注文しているようだった。
 馬鹿な。三杯目だと。
 井田悟は目を泳がせている。あいつのペースではないというわけか。良い気味だ、とは思わない。
 二人の様子に見入っていると、店員が沢蟹の唐揚げと枝豆を運んできた。
 倉木がニコっと笑う。
「これあんたのおごりね」
「おい」
「女の子連れ回すんだからそれくらいの出費は当然。タダで済まそうなんてせこいよ」
「ちっ、わかったよ」
 そうは言ったものの、俺は財布に小銭しか入っていないことに気づいた。細かく計算してみると、足りない。
 倉木の財布に頼る算段をしていると、倉木が俺の手をたたいてきた。倉木の指差す方向に、さっきとは、うってかわって真っ青になった尾鳥先生がいた。
「いっぺんにあんなに飲むから」
「ああトイレに行っちまったぞ」
 やはり尾鳥先生は酒豪ではなかった。無理して飲むような嫌ことがあったのだろうか。
 すると井田悟が席をたち、こちらに向かってきた。
「おい、お前らなんのつもりだ」
 井田が不愉快そうに俺たちを睨む。
 気づかれていたのか。俺と倉木は顔を見あわせた。
「学園祭以来ですね」
 俺はすっとぼけるつもりで返事をした。井田が眉間を寄せるのがよくわかった。
「ごめんなさい。この人が悪いんです」
 倉木が俺に責任を押しつける。確かに事実なので俺はふんぞり返ることにした。
「それだけじゃないだろ、誰が浮き世離れの根暗な虐められっ子だ」
「うわ! 全部聞こえてる。なんて地獄耳」
 倉木が意味もなく耳を塞いでいる。
「俺たちのことは気にしないでくださいよ」
「なんだと」
 俺は特に釈明する気はなかった。尾鳥先生の無事さえ確認できればそれ以上の邪魔をする気はない。
「まあいいや、お前らが心配してるようなことはおきないよ。これやるから適当に食って帰っちまえ」
 井田が千円札を二枚、俺たちの机に置いた。急に倉木が目の色をかえる。
「すごい! 井田さんかっこいいです」
 井田は席に戻っていった。そのとき、俺の顔を意味ありげに一瞥した。
 俺が井田を目で追っていると、尾鳥先生も席に戻ってきた。表情が優れない。
 倉木が美味しそうに沢蟹を食べている。せっかく金が入ったので俺もつまんでみた。堅い殻をかみ砕くと、口の中に油が広がっていく。酒が欲しくなった。未成年だが。
「ねえどうする、このまま終わりまで見張ってるのも悪趣味じゃない」
「いや、これからが危ないんだ」
「そうかなあ」
「あいつ俺たちがなにもいってないのに『心配するな』っていってたろ、意識してる証拠だよ」
「うーん。そういわれるとねえ」
 二人がなにか、やりとりをしている。井田の地獄耳に習い、俺も耳を澄ませてみることにした。
 細かい会話は聞きとれない。ただ、井田が強がる尾鳥先生を、もう止めましょうと窘めている様子はわかった。
 すると突然、尾鳥先生が泣き出した。あたふたしながら井田がハンカチを差しだしている。
「私、駄目な女なんです。凄い期待されるとイヤっていえないんです。いつの間になにもかも変わってて、振り回された私は何もかわってないんです。お母さんにはもう私しかいないし、しっかりしなくちゃ駄目なんだけど、私はもういっぱいいっぱいで酒に頼るしかないんです」
 尾鳥先生は完全に泣き上戸になっていた。酔った勢いがこちらにまで伝わってくる。支離滅裂な告白だった。
「尾鳥先生、落ち着きましょう」
「言わせてください。本当は私に生徒を教える資格なんてないんです。みんな馬鹿だと思ってます」
「あなたはよくやってますよ。僕が保証します」
 井田が俺たちに向けてウインクする。余裕あるじゃないか。
「宇美川、イライラしてるでしょ」
 倉木のつっこみに舌を鳴らした。
 井田は酔いつぶれた尾鳥先生を連れて店外に出た。俺と倉木は他人の振りをする。
「二人とも外に出ちゃったね」
「いかん、後を追わないと」
 酔いつぶれた尾鳥先生をホテルに連れ込む井田の姿を想像した。冷や汗をかいた。
「心配しすぎだと思うけどなあ」
 倉木が呆れたように笑う。
 急いで会計を済ませ店に出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。
「ああ!」
 俺は思わず叫んでいた。タクシーが発車して、あっという間に遠くにいってしまった。おそらく尾鳥先生はあれに乗っている。
 酔いつぶれた尾鳥先生を、井田の奴は家に連れ込んで……。
 不安が更なる不安を呼ぶ、俺はなんとか追いつく方法がないかと思案した。
「おい、馬鹿」
 平手で頭を軽く殴られた。振り向くと、呆れ顔をした井田悟がいた。
「あんた、なんで」
「なんでじゃないよ、俺は歩いて帰るよ」
 井田が口元に笑みを浮かべ、勝ち誇った顔をしている。取り越し苦労を笑われたのだろうか。腑に落ちない気分だ。
「ごめんなさいね井田さん。この子いつもこうなんですよ」
 倉木が向こうに寝返ったらしい。完全に俺が馬鹿の子じゃないか。
「いつもこうじゃ苦労するぜ。俺も人のこといえたクチじゃないけどな」
 井田がフッと笑う。
「尾鳥先生をホテルに連れ込むんじゃないかって、目を血走らせて心配してたんですよ。普通じゃないですよね」
「ちょっとそれも考えたけどな」
「殴るぞあんた」
 井田が「冗談だよ」と手を横に振る。
「それより宇美川君、気になったことがあるんだが」
「聞くだけは聞いてもいいですよ。答えないかもしれないけど」
 井田が「ふむ」と顎に手をあてる。
「君が尾鳥先生を想っているのはよくわかる。でも、恋をしているわけじゃない気がするんだ」
「え! そうなんですか、井田さん」
 倉木が目を大きく開いて驚いている。
 俺はこの時点で井田のいわんとしていることがわかっていた。どう返せばベストなのか、知恵を巡らせていた。俺の秘密に関わることで、できれば誰にも知れず墓までもっていきたいのだ。
 井田は「俺だってわからないけどさ」と前置きして続ける。
「ただね、俺にも姉がいるからわかるんだが、宇美川君が尾鳥先生をみる目が、まるで姉を心配しているようにみえてね」
「えっ、まさか二人は……」
 俺は倉木の頭を「んなわけねーだろ」と小突いた。
「尾鳥家と宇美川家は縁もゆかりもない、ただの他人ですよ」
「でも……じゃあなんで?」
 倉木がしつこくきいてくる。確かにこの場合、なんらかの答えが必要だろう。
「きかせてくれないか、宇美川君」
 俺は言葉に窮し、夜の街に目を向ける。いろんな色がチカチカと光っていた。一時期、商店街は寂れて夜も真っ暗だったが、ここにきて勢いを盛り返していた。
 俺もあんなものでいい。なにを成さなくても、生きている限り誰かにみてもらえれば。
「俺はね、尾鳥先生が必死で頑張ってるのをみるのが好きなんですよ」
 井田は真摯な目つきで俺の言葉をきいている。
「あの人は頑張り屋で、自分を犠牲にして生徒を守る人です。学園祭の時も全部背負ってくれました。でもね、そうじゃなかったとしても、俺はあの人をみていたいと思うんです。そういう存在でありたいんです。これが答えじゃ不満ですか?」
 自分でもこれじゃわからないだろう、と思った。これ以上しゃべる気はない、とも思っていた。
「不満はないよ、君が一生懸命話してくれたのが意外なくらいだ」
「そうですか」
 井田が苦笑して鼻をかじる。倉木は俺と井田の顔を交互にオロオロしながらながめていた。
「今日尾鳥先生は泣いていたな」
「俺はみましたよ」
「ふむ」
 夜風が強くなっていた。顔が冷えると心も冷える。冬もそう遠くないと感じた。
 井田が意味ありげに、うんと頷いた。ポケットから黒い入れ物を取り出して、俺に一枚の名刺を差し出した。白地に名前と連絡先だけ書いたシンプルな名刺だった。
「何かあったら連絡くれよ、力になるから」
「俺はもうこれっきりにしたいんですけどね」
 ぼやきつつ、俺は井田の名刺を受け取った。
「じゃ、帰るわ。君らも道中気をつけて」
 井田は駅の方に向かって去っていった。俺はその姿をしばらく眺めていた。
 その日は倉木を家に送り届けた後、日付がかわる頃に帰宅した。疲れたはずなのに、布団の上で長いあいだ眠れなかった。
 次の日、俺は倉木と一緒に登校路を歩いていた。
「昨日のことだけど、あたしなんかはぐらかされた気がする」
 倉木が不満そうに頬を膨らませている。
「昨日のことは忘れてくれ、俺は眠くて仕方ないんだ」
 本当に眠かった。午前中の授業は机で仮眠をとりたいところだ。
 だが教室に入ってすぐに、眠っている場合ではないことを思い知らされた。誰が描いたか、昨日の「デート」について黒板全面に特集されていた。尾鳥先生のことではない。俺と倉木のことだった。先生を尾行していた俺たちもまた、みられていたのか。
「おい、てめえらふざけんな」
 男子たちが口笛を吹いて囃す。頬を赤らめている倉木、目を赤くして抗議の視線を送る女装男子……。その直後だった。
「おはよーございます!」
 尾鳥先生が勢いよく教室のドアを開ける。最悪だ。
 クラスの馬鹿どもの落書きには肝心な尾鳥先生のことは抜けている。しかし俺と倉木が最後に居酒屋に入ったことはしっかり描かれていた。ばれるではないか。
「先生出てって!」
 倉木が必死に尾鳥先生を押しとどめる。
「なにをするんです!」
「いいから! 宇美川早く消してよ!」
 俺は全力で黒板消しを上下右左と動かす。馬鹿笑いしているクラスメイトたちに殺意を抱くのだった。
 今日も先生を中心に、うちのクラスは回っていた。
 こんな日々もいつかは消える。必ずなくなる。
 だが、みてきた物、きいた物、みんなには全部残っているはずだ。
 俺はもう十分生きたと思いつつ、自分なりに与えられた役割をこなしていきたい。たくさんの夜景に映る一つの光のように、誰かが綺麗だと思ってくれればそれで良いのだ。
 コン、と額にチョークが当たる。どうやら眠っていたらしい、尾鳥先生が口を曲げ、俺に抗議の目線を向けていた。さすがダーツの達人である。
 そうという間に眠気がまた襲ってきた。せめて次の授業まで起きていられたらと思う。俺は半目を閉じながら、ぼんやりと粉の残った黒板をながめていた。(了)

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