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みんなのための精神病小話6-社会復帰

seisin6

長いことリハビリを続けてきましたが、なんで君は仕事をしないの、やる気がないんでしょ、いい加減やばいよ、みたいなことを何度もいわれました。仕事をするようになったら手のひらを反すように褒められました。それはまあよくあることなのですが、一番納得ができないのは交友関係上、そういうことをいってくる人の半数が仕事をしていないということです。自分の障害を傘に僕はできないけれど君は十分能力があるからできるでしょ? みたいな人は確実に居ました。一体何を考えているのでしょう。

今回は私の体験談を通して、社会復帰について紹介していきたいと思います。
障害者が仕事をするようになるには、ストレートに職安に行ってみつかる場合もありますが、前段階としての支援機関もたくさんあります。
私は障害者職業センターという施設に通っていました。そこではボールペンの組み立て分解や、ビデオテープの分解、事務作業、ピッキング、ラッピングなど、主に手作業を訓練しました。パートを想定した訓練といえます。実践で役に立たない、と思われるかもしれませんが、仕事をする体力を身につけるには有用な施設です。
就労前に施設に通うことのメリットはジョブコーチがつくことです。三か月から長くて一年くらいは定期的に職場に来てアドバイスをしたり、職場の環境を整えるために交渉したりしてくれるので、煩わしいと思わない人であれば大変助かる制度だと思います。

オープン、クローズという言葉があって、それぞれ自分の病気を明かすか隠すかという意味があります。クローズの場合は当然病気のことを配慮してもらえないので、給料はよくなるかもしれませんが、負担のかかる苦しい仕事になると思います。
私はクローズで仕事をする自信がありません。オープンですら、負担に思わず仕事をするのは難しいからです。

私は十九歳で統合失調症を発症して以来、そのまま十年苦しみつつもなんとか生活していますが、その間、二回就職しています。
一回目は新興ネットショッピングの会社でした。商工会議所で大々的に告知を行い、インターネット上でも少しだけ話題になっていました。私が任されたのは小さい地図を作る仕事で、会社の雰囲気もよかったです。これならやっていける! と思ったところで会社が駄目になりました。

仕事を失った私は県の事業に参加して、パソコンで在宅の仕事をするようになりました。これは今に至るまで続いていて、細々とお金をもらっています。
その他に就労以降施設にも通いだしました。就労以降施設にも色々ありますが、人数分のパソコンが用意されている、パソコンスクール的なものでした。ここでビジネスマナーを学んだりワードの資格を取ったりしました。
これは二年間の期限付きで、期限ギリギリまで通いましたが、最後の最後で就職を決めることができました。

二回目の就職先は事務の仕事でした。これは二年間続きましたが、正直無理をしていました。酷いときは週に三回くらいはグロッキーになり、畳の部屋で休んでいました。グロッキーにならなくても常に調子はよくなかったです。仕事自体、前の仕事に比べてかなりハードなものでした。病気を抱えつつ仕事をするというのが如何に大変かということを思い知らされました。
次に驚いたのは「ホウレンソウ」が通用しないことでした。ホウレンソウとは報告、連絡、相談のことを指しますが、先輩にそれをしようとすると自分で全部考えろといわれました。訓練校で習った常識が覆されたのです。
しかしなんとかやっていこうと、二年間努力をしました。まずどこまで仕事をやったか把握できるよう、紙にやらなければならない仕事を列記していって、片付いた先から×をつけていきました。意外とこれが仕事に対するイメージ作りになり、ここまでやれば大丈夫だという目安になりました。残った仕事がわずかになると安心感が生まれました。
一階と二階を往復し、物を運び注文し、余った時間は頼まれた仕事に取り組む、後方支援的なポジションでした。たまに仕事をしている充実感は感じました。
一番楽しかったのはPOPを作らせてもらったことです。色々と物を売る職場だったので、パソコンで絵を描けることは重宝されました。なかなかない良い仕事でした。
人間関係はおおむね良好でしたが、やはりどこにいってもこじれはあって、先輩からは無能扱いされていたし、パートのおばさん(これは誰に話してもわかってもらえる)からはさんざん怒鳴られました。
また、障害者枠で入ったとはいえ、人員的にはギリギリで、入るときにはガシガシ仕事が来ました。代わりがいないと思うとプレッシャーになりました。
だんだん調子が悪くなるスパンが早くなり、症状の悪化もみられました。
結局限界がきてしまい仕事を辞めてしまいましたが、二年間なんとか勤まったわけで、それはもう、とても良い経験になりました。

社会に揉まれるというのはこういうことだと思いますが、そもそも精神病を患っていると、それに耐えられない方も結構いらっしゃるのですよね。数か月、極端にいえば一日で辞めてしまう人だっています。
一度長く仕事をすれば自分がどこまでなら大丈夫かというのがわかるはずなので、自分に合った仕事を探せばいいのですが、そもそも就職難の時代、なかなかそうはみつかりません。そうなると当面生活するために、一つレベルの低い施設で訓練をするとか善後策を考えねばなりません。

生きている以上、仕事をする、ということは大きなテーマだと思います。私自身悩んでいることで、明確な答えは出せません。
私が今、考えているのは「如何に調子を崩さずに仕事をするか」ということです。たとえば一日フルタイムで働こうが、調子さえ崩さなければ大丈夫という考えです。どうやるのかはまだ模索中です。みつからないで結局妥協点をみつける可能性も十分あります。ただ、みんな苦しいから仕事が続かないわけで、もしかしたら多くの人に共感してもらえる考えかもしれません。

次回、最終回です。テーマは「生活」を扱っていきたいと思います。


公開日:

  • 佐久本庸介と申します! 山梨県からひらきこもりを掲げ、色々なことにチャレンジしていこうと思っています。第一回クランチノベルス新人賞受賞。ディスカヴァートゥエンティワンより青春ロボットドラッグカラーの空という小説を出版しております。皆様どうかよろしくお願いいたします!
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