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みんなのための精神病小話7-生活

seisin7

今回で最終回になるみんなのための精神病小話ですが、最後は生活について扱っていきたいと思います。最後までよろしくお願いします。

私は統合失調症を発症して十年が経ちますが、その前半は不自由そのものでした。失意の日々を過ごしていたとき母が「もう大丈夫なんだよ、何も心配しなくてもいいんだよ」と話してくれました。慰めをいっているのかと思いましたが、それは嘘ではなく、確かに障害者にはそれなりの手当が出ました。しかしそれだけでは生きていけないし、その前の十九年間より余程己について悩みました。

私は隣の部屋の住人にハイパーテクノロジーを使った嫌がらせを受け、それがエスカレートして大学の生徒にまで波及した。という認識がありました。実際それで入院したから致命的だったのだと思います。恐ろしいことに私は今でもそれを信じていますが、当時は病識すらありませんでした。
逆に病識さえあれば、きっかけについての認識はどうでもいいのだと思っています。少なくとも今では天井を調べるため穴を開けようとしようとはしないので。

退院した私はまず自分が受けたであろう仕打ちについてネット上で叫びました。色々な人に知ってもらおうと丁寧に話しました。半分からは真剣に聞いてもらい、もう半分からは馬鹿にされました。
なにかが変わると思っていたのでしょうか。しかしなにも変わりませんでした。なにも残りませんでした。
残ったのは薬の副作用で集中力が失せ、陰性症状で何もやる気が起きなくなった私でした。ネットゲームに浸かり、楽なコミュニケーションを求めました。あまりに執拗にコミュニケーションを求めるので、大いに嫌がられました。
ただそこでしっかり叱ってくれる人がいたので、節度を知ることができました。まだ他人の言葉を真面目に聞くことができたのは私にとって救いでした。

私は長くコミュニケーション障害という自覚があり、実際テレビで取材が入った時もコミュニケーション障害の佐久本さんと紹介されましたが、それを多少なりとも改善させるありがたいツールがありました。スカイプという通話ソフトです。パソコンにつなぐマイクさえあれば無料で音声通話できるので、それを使ってしばしばネットで知り合った友達と通話を重ねました。ちょうど同じ時期に通っていたデイケアでも若い人たちが入ってきたため、相乗効果でコミュニケーション能力の回復がなされました。
デイケアで仲の良い仲間で集まって飲み会が定期的に開かれるようになりました。これもなかなかに豊かな体験だったと思います。ただ、そこで私は己の症状の厄介さに気づきました。酒を飲むと具合が悪くなる、飲まなくても疲れがたまると具合が悪くなることが判明したのです。
結局外では一切酒を飲まないようになりました。何か集まりがある時も家で事前に寝てから参加するようになりました。これは割と珍しい症状です。私以外の仲間は普通に酒も飲むし途中で具合が悪くなったりはしないのです。

リハビリしていく過程で、できることは増えてきました。まず今まで集中力が減退していて読めなかった本がいつの間にか読めるようになっていたのです。はじめてまともに読んだ本は「アルジャーノンに花束を」です。精神病を患う己と超脳科学を扱った内容を重ね合わせ、壮大な気分にさせられました。
徐々に可能性が広がっていくのは将来に希望が持てました。

デイケアには多くの利用者が通っています。老年中年、利用者たちは、みんなどこか力なく過ごしていました。私は最初ここにいる人たちはみんな人生を諦めているのだろうか、と愚かにも思っていました。今思えば、彼らは私より遥かに長い間病気と闘ってきたのです。そこに行きついたのは、現状を変えようと前向きに努力して、ボロボロになった結果だったのです。
なにが言いたいかというと。私自身同じ道を辿らないとも限らないのです。
決して他人事ではないと気づいたのはつい最近です。今は良いかもしれない。でも十年後は? 誰も保証してくれません。

同じ障害でも、私が接してきた人たちでそれぞれ進む道は大きく変わっていきました。中には正社員になって福祉関連で働いている人もいるし、授産施設や作業所でリハビリも兼ねている人もいます。職についていなくても施設に通っている人もいれば、八方塞がりでコミュニケーションを断っている人もいます。これだけ状態が人それぞれだと、病気そのものの区分けが間違っているのではないかという気もしてきます。

この文章を書きながら、バリバラという番組を観ていました。その中で障害者たちが「頑張らなくてもいいでしょ」と歌っていました。
この言葉は深くて、別にすべてを頑張るなと言っているわけではないのです。無理をするな、ともちょっと違います。とにかく個人に優しい言葉なのです。私のへたくそな解釈だと「これだけ苦しんでいる君はそれでも自分や人を気にして頑張ろうとするけれど、本当はそんなことしなくたって良いんだ。私たちは肯定するよ」と言っているように聞こえます。

ただ障害者だからといって当然なにもかも許されるわけではなく、一人の人間としての節度を保たねばなりません。たとえば私も過去にやったように執拗に人にコミュニケーションを求め、あまつさえ注意してもやめない、逆に怒り出すとか。障害の話と絡めて宗教やマルチ商法に勧誘するとか。人の目の前で自傷行為をするとか。そうなってくるとどんどん人は離れていくのではないでしょうか。

精神障害は基本的にはただの負担です。障害を抱えたうえで、一人の人間としてどう生きていくかが問題なのだと思っています。
私は比較的良い時代に生まれたせいか、昔より多少障害に理解のある人が増えてきているようです。このコラムの狙いも障害についての理解の拡大を第一に考えていたので、その一助になればこの上ない喜びです。
みんなのための精神病小話はこれで一応完結です。今後もなにか書きたい内容や要望があれば、別の形で書かせていただきたいと思います。

拙作をご支援いただいた皆様、本当にありがとうございました!


公開日:

  • 佐久本庸介と申します! 山梨県からひらきこもりを掲げ、色々なことにチャレンジしていこうと思っています。第一回クランチノベルス新人賞受賞。ディスカヴァートゥエンティワンより青春ロボットドラッグカラーの空という小説を出版しております。皆様どうかよろしくお願いいたします!
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